無限廊下シミュレーター
⚠ サンプル展示by なまはげ観測班
ゲームを作るとき、たいていの人は「目標」から考えます。 主人公は誰で、何を達成するのか。敵は誰で、どう倒すのか。ステージはいくつで、ラスボスは何か。クリアの条件、勝敗、報酬、進捗。 僕が3年前に、そういうゲームを作ることに疲れたときのことを、少し話させてください。 僕は大学でゲームプログラミングを専攻して、卒業してからは会社でモバイルゲームを作っていました。あの、電車で片手で遊ぶような、キラキラした、ガチャがあって、進捗があって、達成があるやつ。仕様書には「28日目までの継続率を12%改善する」みたいな数字が並んでいて、僕はその数字のために、毎日、達成感を設計していました。 「達成感」というのは、実は精密に設計できるものです。3秒間の待機後に光を出すと、脳は報酬を予測する。予測が的中したときに、ドーパミンが出る。この設計を、僕は業務時間の8時間、毎日繰り返していました。 3年目のある日、通勤の電車で、僕は自分が作っているゲームを、自分ではプレイしていないことに気づきました。 同じ会社の同期3人に聞いてみました。誰も自分たちのゲームをプレイしていませんでした。ある同期は「休日はマインクラフトで、建築だけしてる」と言いました。別の同期は「Journey(ジャーニー)っていう10年前のゲームを繰り返しやってる」と言いました。もう一人は「電源を切ってジグソーパズルをしている」と言いました。 僕らは、達成感の職人でありながら、達成感から逃げていました。 なぜかと考えて、たどり着いた答えは、「疲れているとき、あのゲームは、疲れる」ということでした。 進捗を求められるからです。ログインボーナスを取り逃さないように。イベントに間に合うように。フレンドに置いていかれないように。ゲームが、生活の中の「もう一つの仕事」になっていた。 その日の帰り、僕は「何もしないゲーム」を作りたいと思いました。 これが「無限廊下シミュレーター」です。 このゲームには、目標がありません。クリア条件もありません。ボタンで前進、たまに横道が現れても選ぶ意味はほとんどなく、ただ廊下は続いていく。時々、遠くで人影がすれ違いますが、話しかけたり触れたりする機能はありません。 BGMは環境音のみ。窓の外は永遠の黄昏。ふとした瞬間に、鳥の声や遠くの車の音が聞こえます。それだけです。 「これはゲームですか?」と、初期テスターの何人かに聞かれました。 僕は「そうだと思います」と答えました。ゲームとは何か、を再定義したかったからです。 ゲームは、達成のためのものではなく、時間の過ごし方のためのものだ、と思っています。将棋を、勝ち負けのためにだけ指す人ばかりではない。ただ盤の前に座って、時間を過ごすために指す人もいます。読書も同じで、知識のためだけに読む人ばかりではない。ページをめくる時間そのものが目的の人もいます。散歩、盆栽、川の魚を眺める時間、それらは全部、達成のない遊びです。 「無限廊下シミュレーター」は、そういう「時間を過ごすためのゲーム」を、モバイル画面の中で作ってみたかった実験です。 技術的には、実装は驚くほど簡単でした。廊下のテクスチャは4枚のループ。人影のアルゴリズムは疑似ランダムで位置を変えるだけ。窓の外の光は、時刻に応じて色相を少しだけずらすシェーダー。合計コード量は800行に届きません。 でも、この実装のシンプルさが、逆に難しかった。「何かを追加したい」誘惑と、毎日戦いました。トロフィーを付けたい、実績を数えたい、通知を送りたい、フレンド機能を、ランキングを、コレクション要素を、ガチャを。全部、削り続けました。ガチャを削るとき、僕は、自分の職業を否定していました。 想定している使用シーン: ・就寝前、スマホを触ってしまう習慣から抜けられないけど、進捗系のゲームは疲れる夜。 ・電車の窓外を見る代わりに、5分だけ画面の中を歩く。 ・集中作業の前の助走。頭を「作業モード」にゆっくり切り替える儀式として。 ・不安が強くて、何もできない時間の、待機所として。 ・介護中、看病中、育児中、待つことが仕事になっている時間の、静かな相棒として。 このゲームが「面白い」かは、僕には分かりません。「面白い」の定義自体を、少し外したいと思って作ったので。 Twitterで公開したとき、「これは瞑想アプリなのでは」というリプが来ました。僕は「かもしれません」と答えました。ゲームと瞑想の境目を、少しだけ曖昧にしたかった、というのが本音だからです。 別のリプでは「不安障害の発作が来た時、これを開いて廊下を歩くと、少し落ち着く」というものがありました。そのリプを読んで、僕は電車の中で泣きました。作ってよかった、と初めて思えたのが、その瞬間でした。 でも、これが誰かの夜を、少しだけ、静かにできれば。 3年前の僕みたいに、疲れてゲームができなくなっている誰かの、静かな遊び場になれば。 そう思って、公開しています。 「こんな作品も、投稿していいんだ」の見本として、置いておきます。
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